バルカナイズド製法とスニーカーの起源|WALK THROUGH HISTORY Vol.1

2025.12.11

バルカナイズド製法とスニーカーの起源|WALK THROUGH HISTORY Vol.1

STANCLANはなぜスリッポンから始まったのか? 読む バルカナイズド製法とスニーカーの起源|WALK THROUGH HISTORY Vol.1 1 分

WALK THROUGH HISTORY — Vol.1

スニーカーを語る上で欠かせない、バルカナイズド製法。

STANCLANはなぜこの製法にこだわっているのか?

その誕生から、時代に翻弄されながらも今に引き継がれる技術の変遷を追う。

1. グッドイヤーによる「加硫」の発見とゴムの安定化


STANCLANが採用している製法であり、世界中で愛されているスニーカーの生みの親とも言えるのが、バルカナイズド製法(加硫製法)である。

その起源は、1839年、アメリカの発明家チャールズ・グッドイヤーが発見した「加硫(Vulcanization)」プロセスに遡る。

当時の天然ゴムは、熱による軟化と低温による脆化という致命的な不安定性を抱えており、実用品としての利用は限定的であった。

グッドイヤーは、長年にわたる試行錯誤の末、生ゴムに硫黄を添加し、熱を加えることで、ゴムの弾性、耐久性、そして温度に対する安定性を劇的に向上させる技術を確立した。

彼は、このプロセスをローマ神話の火の神「Vulcanus」にちなんでバルカナイゼーションと命名した。

この発見により、ゴムは不安定な天然素材から、信頼性の高い工業製品へと昇華した。

1844年の特許取得以降、防水布やホース、そして自動車のタイヤなど、その応用範囲は多岐にわたり、近代産業の発展に不可欠な要素となった。

💡 Small story :タイヤメーカーの「GOODYEAR」との関連は?

大手タイヤメーカーの「GOODYEAR」は、発明者への敬意を表して名付けられたもので、チャールズ・グッドイヤーの会社ではない。

2. スニーカーの黎明期:大衆化されたスポーツシューズ

加硫技術は、靴の製造分野にも革新をもたらした。

耐久性と防水性を備えたゴム底とアッパーを、加熱によって強固に一体化させることが可能になったからである。

これにより、従来の革靴では得られなかった柔軟性、快適性、そして生産効率が向上し、新しいタイプの履物、スニーカーが誕生した。

20世紀初頭にかけて、「Keds」(1916年)やコンバース(1917年)といったブランドがバルカナイズドシューズを市場に投入した。

特にバスケットボール向けに開発されたコンバースのチャック・テイラー・オールスターは、そのシンプルな設計、耐久性、そして優れたグリップ力によって広く普及し、スポーツシューズの代名詞となった。

この製法は、構造的なシンプルさゆえに大量生産に適しており、テニス、レジャー、そして日常のカジュアルユースへと浸透。

バルカナイズドスニーカーはローテクスニーカーの基盤として、1960年代まで不動の地位を築き上げた。

💡 Small story :スニーカーの語源

スニーカーという言葉はバルカナイズド製法のゴム底が非常に静かだった事に由来します。当時の革靴と違って、これを履けば忍び足(Sneak)で音を立てずに歩けたため、Sneaker(スニーカー)と呼ばれるようになりました。

3. オイルショックと機能主義の台頭:バルカナイズド製法の試練

しかし、1970年代に入ると、バルカナイズド製法は二つの外部要因により厳しい試練に直面する。

A. 経済的要因

バルカナイズド製法は、製造過程で熱と硫黄を必要とし、原材料も石油化学製品に依存していた。

1970年代に発生したオイルショックは、原材料費とエネルギーコストを急騰させ、バルカナイズドシューズの採算性を著しく悪化させた。

B. 技術的要因

同時期に、靴の製造技術も進化を遂げた。

より複雑な構造や高度なクッション材(EVA、ポリウレタン)を容易に組み込めるセメント製法やカップソール製法が普及し始める。

1980年代には、NikeやAdidasが、高機能性やクッショニングを追求したハイテクスニーカーを開発し、ランニングやバスケットボール市場の主流を占めた。

AIRなどの複雑なソール構造の採用が困難なバルカナイズド製法は、機能競争の波に乗り遅れ、多くのメーカーが撤退を余儀なくされた。

💡 Small story :製法の違い

バルカナイズド製法は、ソールを釜で焼き上げてゴムとアッパーを一体化させます。一方、セメント製法は強力な接着剤でソールを貼り付けます。バルカナイズド製法の方が手間とコストがかかる為、効率性の点からも主流の製法ではなくなっていきました。

4. VANSによるニッチの確立:スケートボードというカルチャー

バルカナイズド製法が市場から淘汰される危機に瀕する中、この製法の構造的な耐久性と優れたグリップ力という本質的な強みに着目し、新たな市場で定着させたのが、1966年にカリフォルニアで創業したVANSである。

VANSの創業者ポール・ヴァン・ドーレンは、バルカナイズド製法のシンプルな堅牢さと、加硫ゴムが生み出す高い柔軟性・耐久性・接地感が、特定のスポーツに最適であることを見抜いた。

それが、当時まだニッチだったスケートボードである。

スケートボーダーは、デッキとの摩擦に耐えうる耐久性と、地面の感覚を直接捉えるボードフィールを最重要視した。

VANSは、加硫によってアッパーと一体化した蜂の巣のような格子状のパターンが特徴のワッフルソールを提供。

このソールの比類ないグリップ力とダイレクトな感触は、スケートボードの世界で不可欠な要素となり、VANSを定番ブランドへと押し上げた。


VANSは、メジャースポーツの主流とは一線を画し、スケートボードというニッチに焦点を定める事で、バルカナイズド製法を確固たるものにしたのである。

💡 Small story :VANSのSTYLE#44

VANSが最初に発売したモデルは、「STYLE#44」と呼ばれる、現在の「オーセンティック」の原型でした。創業当初は、店舗で注文を受けてから製造するという極めて珍しいスタイルだったようです。

5. 普遍性への回帰:クラシックスニーカーとしての地位確立

VANSの成功は、バルカナイズド製法の持つタイムレスな魅力を再認識させる契機となった。

1990年代後半から2000年代にかけて、ファッションシーンでは、過剰な機能性への反動として、シンプルで普遍的なデザインを求めるローテク志向が顕著となる。

ストリートやカジュアルスタイルにおいて、コンバースやVANSといったバルカナイズドスニーカーは、その歴史的背景、普遍的なデザイン、そして多様なスタイルとの親和性から、再び評価を高めた。

この製法特有のアウトソール、そしてアッパーとソールを強固に結びつけるフォクシングテープのレトロな表情は、現代ファッションにおいて「普遍的なクラシック」として不可欠な要素となった。

バルカナイズド製法は、機能競争の最前線から退いたものの、カルチャーとスタイルを象徴する不朽の定番としての地位を確立したのである。

💡 Small story :バスケットボールシューズからカルチャーの定番へ

コンバースの「オールスター」はバスケットボールシューズとして誕生した事は有名ですが、70年代以降、NIKEやAdidasの軽量でクッション性の高いハイテクスニーカーに取って代わられる。その後、ロッカーやパンクス、アーティストらが愛用し、「カルチャー」のアイコンとして定番になりました。

6. STANCLANの文脈と、定番が持つ知性

チャールズ・グッドイヤーによる科学的発見から、製造技術の進化や経済的試練、そしてコンバースやVANSによるサブカルチャーへの適応を経て、クラシックなローテクスニーカーの定番として復権したバルカナイズド製法の歴史は、「本質的価値は、時の試練を経て永続する」という事を体現している。

高度なテクノロジーが溢れる時代において、この製法が有する構造的なシンプルさ、堅牢性、そして手間のかかるクラシックな製法ならではの特有の見た目は、あえて意識的に選択したスタイルであり、「普遍性の尊重」こそが、STANCLANのモノ作りの視点と深く結びつく。

短期的なトレンドではなく、歴史に裏打ちされたストーリーと揺るぎない定番性を持つアイテムは、単なる消費財ではなく、日常において「長く付き合える道具」となり、使い込むほどにその本質的な魅力を増していく。

STANCLANのスニーカーはそんな不朽の定番を目指している。